2008年01月25日
カウス・ボタン
確かボタンがなんか問題起こしましたよね??
中田カウス・ボタン(なかたかうす・ぼたん)は、漫才コンビ。所属事務所は吉本興業大阪。コンビ結成は1969年3月。
なんばグランド花月劇場(NGK)で大トリをとる大御所である。
二人の出会いはカウスがアルバイトをしていたバーの常連客がボタンであった事から。日に日に仲良くなった頃カウスからボタンを誘いコンビ結成。
その後は遊園地やストリップ劇場などで漫才を披露。漫才・ネタの特徴としては、カウスの、ボタンの私生活や過去を引き合いに出しておちょくる(からかう)ようなボケと、それに対するボタンのノリツッコミ。漫才師はコンビで揃いのスーツを着ることが定番だった時代に、はじめてジーパンとトレーナーで演じた[要出典]。
若手の頃はアイドル並みの人気を博した[要出典]。ネタ作りも当時の女子高生にウケるネタを研究して作るなど、若者にターゲットを絞った漫才を発表し続ける。現代では当たり前のように存在するアイドル漫才師のパイオニアと言える存在であった。
師匠に付かずに独自の活動をしていた頃、カウスのアルバイト先のバーに客として現れた中田ダイマル・ラケットと親しくなり劇場に招待される。劇場でのダイマル・ラケットの姿に感動し弟子入りする事になる。
一般に「師匠は中田ダイマル・ラケット」とされるが、正しくはその弟子の中田アップ。前名の中田チャック(相方は中田ファスナー)時代に吉本の専属になり、道頓堀角座のトリから外された師匠を憂い、師匠を吉本に移籍させた張本人。相方は中田ダウン。既に引退。
あまり有名でないためか、通常カウス・ボタンの師匠は大師匠で名付け親でもあるダイマル師とされている。ボタンの自作サイトでも、師匠はダイマルと明記されている。
(以上、ウィキペディアより引用)
漫才は見たことないですけど…。
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